肥満体がフルマラソンに挑戦するブログ

BMI28、アラフォーです。マラソンを科学します。

首里城とか

f:id:ttzest0616:20170618164118j:image

首里城に行きました。

石垣を見ていて、あれっ?あまりにも揃っている


f:id:ttzest0616:20170618163555j:image

調べてみると首里城は修復したものではなく、1992年に復元したものでした。けっこう新しい。城も一部は木造ですが、鉄筋コンクリートもけっこう使っているよう。昔つくられたものではないのですね。

ちょっと残念な感じがしましたが、まぁそんなものでしょう。

 

復元された首里城を観察すると、日本の城というよりは、中国の影響を大きく受けた造りの印象を受けました。構造は日本の建築も受けているようです。


f:id:ttzest0616:20170618164105j:image

沖縄は昔は独立国でした。 

独立国ではありながら1300年代から中国王朝と冊封体制、名目的な君臣関係を結びます。

そして、1609年の薩摩侵攻により、中国王朝と薩摩の二重支配を受けながら、かろうじて緩衝地帯として独立国家として体として存在します。

薩摩、日本の影響の方が地理的に受けやすそうですが、見物した首里城は中国王朝の影響を強く受けているようでした。国王や役人の絵も日本というよりは中国王朝よりです。

薩摩からの干渉を受けながらも、背後に中国王朝があることを匂わせ、なんとかやりくりしているような雰囲気でした。

 

そして、1879年の琉球処分により沖縄県となります。

それでも、やっとこさ琉球が真の意味で日本の一部になるのは日清戦争で清が負けてからだったのかもしれません。

日清戦争で日本が負けていれば、沖縄県ではなく、琉球王国の復活だったのかもしれません。

 

首里城を見学していて、王様の食事が質素であったとの記述がありました。二重支配を受けていた小さな小国では

とても栄華を極めるような人生ではなかったのかもしれません。