退屈な日常が幸せ

単なる日記です

子供の心臓移植の記事を読んで

 

子供の心臓移植

 

自分の子供に先天性の心疾患があって心臓移植でしか助からない状況だったらどうでしょう。

親としては何としてでも助けたい一心でしょう。

数億円を個人ですぐに用意するのはまず無理でしょう。

国内でも圧倒的にドナーが足りない。

希望があるとすれば海外で移植するしかない。

日本人がアメリカで心臓移植を受ける場合数億円の割り込み費用が必要になる。

募金で集金する人もいる。

募金に関する批判もたくさんある。募金詐欺だとか、親の渡航費用も募金ではおかしいであるとか、アメリカの移植まちの子供たちはどうなるのかとか。

数億円あれば途上国の子供たちを何人救えるのでしょうか。

 

命だけは平等だと言う人もいますが、実際はそうではない。

日本人と途上国の人の命の値段は違う。

 

自分の子供と他人の子供の命なんて比べるまでもなく自分の子供の命のほうが大切なのでしょう。

 

医療もボランティアではなく、最終的に資本主義の中の産業のひとつ。

お金のある人が勝つ。

お金を集めらることができる人が勝つ。

心臓移植の人の話が美談で語られるが、他の命も犠牲にしている。

他人事だと批判もしたくなるが、自分の子だと、募金詐欺といわれても、自分の子供だけを救うことに全力をかけるだろう。

自分の子供が助かることで、アメリカの心臓が必要な子を一人おしのけることになる、この3億円があれば途上国の子供が何人助かるか、なんてことを考えるかもしれないが、自分の子供を助けるためには仕方がないと感じるだろう。

 

結局自分たちは資本主義の中で個人の幸せを追求する世界で生きている。お金が大切だし、ほかのひとを犠牲にしたとしてもやっぱり自分の家族が大切なのです。

残酷な現実ですが、資本主義の世界ではいろいろ美談や建前がありますが、命もお金を持っている人のほうが大切にされるということでしょう。